アイヌ語のローマ字表記(カナ表記)、発音について
ここにあるのは、アイヌ語入門(知里真志保著、北海道出版企画センター、1985)、エクスプレスアイヌ語(中川裕、中本ムツ子著、白水社、1997)などを参考にしました。
アイヌ語の母音は日本語と同じa i u e o,アイウエオの5つです。音価は、いずれも日本語の母音と似てます。ただし u は、日本語のウよりも唇を丸めて突き出すようにして奥で調音され、オのように聞こえることもあります。
アイヌ語の子音は、k, s, t, c, n, h, p, m, y, r, w, ' の12種となります。
アイヌ語の音節について、その組立を調べてみると、以下のようになっています。
(1)単音一つで出来ているもの。(母音)型
例 a, i, u, e, o
(2)単音二つで出来ているもの。(子音+母音)型
例 ka, sa, ta, pa など。
(3)単音二つで出来ているもの。(母音+子音)型
例 ak, as, at, an, ap など。
(4)単音三つで出来ているもの。(子音+母音+子音)型
例 kar, tak, pas, sar, nan など。
ここで注意されるのは、アイヌ語の音節は必ず1個の母音が中心になってできており、母音の前後には子音があり、子音だけの音節はないということです。
子音音素は12個ありますが、アイヌ語教室で使われるテキストの表記法を参考にするとアイヌ語の「開音節(母音で終わる音節)」のローマ字表記とカナ表記は、以下の通りになります。(声門閉鎖音 ' は、開音節において便宜上示すことはないので、開音節は11種の子音と母音の組み合わせとなる。)
a-, i-, u-, e-, o- 〜 ア, イ, ウ, エ, オ ka-, ki-, ku-, ke-, ko- 〜 カ, キ, ク, ケ, コ sa-, si-, su-, se-, so- 〜 サ, シ, ス, セ, ソ ta-, tu-, te-, to- 〜 タ, トウ, テ, ト ca-, ci-, cu-, ce-, co- 〜 チャ, チ, チュ, チェ, チョ na-, ni-, nu-, ne-, no- 〜 ナ, ニ, ヌ, ネ, ノ ha-, hi-, hu-, he-, ho- 〜 ハ, ヒ, フ, ヘ, ホ pa-, pi-, pu-, pe-, po- 〜 パ, ピ, プ, ペ, ポ ma-, mi-, mu-, me-, mo- 〜 マ, ミ, ム, メ, モ ya-, yu-, ye-, yo- 〜 ヤ, ユ, イエ, ヨ ra-, ri-, ru-, re-, ro- 〜 ラ, リ, ル, レ, ロ wa-, we-, wo- 〜 ワ, ウエ, ウオ |
カ行音の子音は日本語とほぼ同じですが、カとガの区別はありません。また、音節の尾音 -k は、無破裂なので、日本人はよく聞き漏らします。
サ行音の子音は日本語とほぼ同じですが、シャとサの区別はありません。また、音節の尾音 -s は、通常 s(シ)のように発音します。
タ行音の子音は日本語とほぼ同じですが、タとダの区別はありません。ツという音節はなく、その代わりにトウ tuという日本語にない音節があります。おおよそ英語の two や today の最初の音と同じです。また、音節の尾音 -t は、無破裂なので、日本人はよく聞き漏らします。
ローマ字でca, ci, cu, ce, co と表記する音は日本語の チャ, チ, チュ, チェ, チョと同じ音です。
ナ行音、ハ行音、マ行音の子音は日本語とほぼ同じです。
パ行音の子音は日本語とほぼ同じですが、パとバの区別はありません。また、音節の尾音 -p は、無破裂なので、日本人はよく聞き漏らします。
ヤ行音の子音は日本語とほぼ同じです。イエ ye という音節は日本語にありません。これは、エ1文字と同じ長さになるように発音します。
ワ wa は、日本語のワと同じですが、ウエ we 、ウオ wo などは日本語にない音節です。これも、イエ ye と同じように1文字の長さになるように発音します。
アイヌ語の重母音には、
i) アイ, ウイ, エイ, オイ
ii) アウ, イウ, エウ, オウ
の2種がありますが、アイヌ語の音韻組織上からいえば、
i) ay, uy, ey, oy
ii) aw, iw, ew, ow
と前述した単音二つで出来ているもの--(母音+子音)型にすぎません。
(子音+)母音+子音の閉音節の最後に来る p, t, k, s, m は、プ, ツ, ク, シ, ム のようにカタカナ表記では、字体を小さくして表します。
また、 音節の尾音 -r は、たとえば直前の母音(ア,イ,ウ,エ,オ)の音色に従って、ラ、リ、ル、レ、ロ と表すというように、字体を小さくして表します。
樺太方言の音節の尾音 -h は、たとえば直前の母音(ア,イ,ウ,エ,オ)の音色に従って、ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ と表すというように、字体を小さくして表します。
なお、音節内で、ti, wi, uw, iy の結合は起こりません。
次の2つの音節の接点では、以下のように音素交換します。
ただし、必ず音素交換・音韻変化するということではありませんので、その点はご注意ください。
-n + y- --> -yy- -n + m- --> -mm- -n + p- --> -mp- -n + s- --> -ys- -n + w- --> -nm- -r + c- --> -tc- -r + n- --> -nn- -r + r- --> -nr- -r + t- --> -tt- -t + i- --> -ci- -r + s- --> -ss- (北海道東部の一部) |
その他の音韻変化として以下のものがあります。
(1)音韻脱落
1 アイヌ語には、母音の重出をさけるという、かなり目立つ強い傾向があります。
i) 同じ種類の母音がつながって現れると、それらを一つに発音してしまうことが多いです。
例 kera 味 + an ある --> keran おいしい
ii) 異種の母音が隣り合って現れると、初めの母音を追い出してしまうことが多いです。
例 ci- 我々の + e 食う + -p もの --> cep 魚、とくにサケ
2 同種の子音が隣り合って現れると、その一つが追い出されることがあります。
例 o- そこに + sik 目を + kote 結びつける --> osikote 惚れる
3 子音と母音の板ばさみになった h は、よく姿を消します。
例 itak 彼物言う + hawe その声 --> itakawe 彼が言ったこと
4 子音と母音とに挟まれた y は落ちます。
例 kor 持つ + -yar させる --> korar 持たせる
(2)音韻添加
1 名詞の所属形の強調形として h が挿入されます。
例 tek 手(概念形): teke 彼の手(以下、所属形): tekee: tekehe
2 母音の重出を避けるため、y が挿入されることがあります。
例 i- それ(栗など)を + uta まく --> iyuta まきものをする
3 母音の重出を避けるため、w が挿入されることがあります。
例 u- お互いを + osurpa 捨てる --> uwosurpa すてあう、夫婦別れする
(3)音韻転化
上記の表「音素交換」の他に以下のものがあります。
1 北海道の北東部(北見、釧路、十勝など)の諸方言において、
'k' 't' 'p' が隣り合った場合、前のものが後のものに同化します。
例 hotke 寝る --> hokke
2 北海道の日高支庁沙流郡の方言では、
w は、m 或いは n の後に来ると、それに同化して m になります。
例 isam 無い + wa て --> isam ma 無くて
また、アイヌ語は連音がさかんな言語です。閉音節が先に来て、その後に母音で始まる音節が続けば、その間にいわゆる連音が起って、閉音節の末尾の子音と次に来る母音とがいっしょに発音されます。
例 up-us-not(トドマツが・群生している・岬)
ウプ-ウシ-ノッ --> ウプシノッ
sey-o-pet(貝が・群生している・川)
セイ-オ-ペッ --> セヨペッ
アイヌ語のアクセントは、日本語と同様、高低アクセントですが、北海道の多くの方言で次のような傾向にあります。
1)第1音節が開音節ならば、アクセント核は第2音節にある。(こちらの語が圧倒的に多い。)
2)第1音節が閉音節ならば、アクセント核は第1音節にある。(例外が少ない。)